【プロセカ】「Period OF NOCTURNE」をボカロPが考察~初音ミクが与えた気づきとは | G.C.M Records

アイキャッチ「Period OF NOCTURNE」考察

【プロセカ】「Period OF NOCTURNE」をボカロPが考察~初音ミクが与えた気づきとは

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はじめに

こんにちは、ボカロPのアンメルツPです。

今回はゲーム『プロジェクトセカイ』のイベントストーリー「Period OF NOCTURNE」について
その感想を語っていきたいと思います。

ストリートで活動する音楽ユニット「Vivid BAD SQUAD(ビビバス)」のキーストーリーであり、
メンバーの一人、青柳冬弥くんに特にスポットを当てたものとなります。

このイベント、音楽の素晴らしさをプレイヤーに冷静かつ熱く伝えるようなストーリーだったと感じ、
ボカロPとして非常に感銘を受けましたので、
その魅力を中心に解釈・考察ができたらと思います。

※イベントストーリーのネタバレしかないので、未読の方はご注意ください。

★他のアンメルツPのプロセカ考察記事はこちら

ストリート音楽とクラシック音楽の対立構造

イベントストーリーの序盤、ビビバスの音楽を聴いた
謙さん(メンバー白石杏ちゃんの父親)の昔なじみの友人の指摘をきっかけに、
冬弥くんは、自分の表現スタイルがクラシック音楽に囚われているのではないかと悩みます。

クラシックのせいで、自分の表現する音楽が硬くなっているのではないか?という悩みです。

冬弥くんは父親である青柳春道さんからのスパルタ的な(ともすれば「毒親」とも表現されかねない)
クラシックの英才教育を受け、そこに反発を覚えたのがストリート音楽を始めるきっかけでした。
その不和は現在でも続いており、お互い分かり合えないままここまでに至っています。

ストーリー中で冬弥くんが父親に投げかけた「もうクラシックには戻らない」という言葉は、
自分の中にあったクラシックの影響を排除したいという意味があったと思います。

それがそうなのであればそのまま割り切って進めばいいはずなんですが、
どこか心の奥に引っかかりとして残り続け、
しまいには父親と揉めたことから表現にミスが現れてしまう始末。

ビビバスメンバーで相談をしますが、
話の方面としては「どうしたら頭の固いあの親父にわかってもらえるか」というものが中心になり、
そこには「自分たちがやっているストリート音楽」VS「冬弥の父がやっているクラシック音楽」という
強い対立軸が存在していました。

第4話まで読んだときに私はその音楽の対立軸を感じて、かすかな違和感を覚えていました。

「初音ミクの概念」が与える気づき

その中でビビバスメンバーに気づきを与えるとともに、先ほどの違和感を完全に払拭してくれるのが、
続く第5話での初音ミク(ビビミク)の存在です。

「クラシック音楽も、ストリート音楽も、音楽なのは一緒でしょ?」

「お父さんだって音楽が好きなんだよね。そこは私達と一緒だと思うんだけどな」

と、これまでの対立構造にちょっと違う視点から注目をします。

プロジェクトセカイ スクリーンショット ミク「音楽なのは一緒」
プロジェクトセカイ スクリーンショット ミク「お父さんだって音楽が好きなんだよね」

クラシック音楽にはクラシック音楽の素晴らしさがあって、
ストリート音楽にはストリート音楽の素晴らしさがある。

音楽にはそれぞれ良さがあり、それぞれの音楽が好きな人間がいるよっていうことを
ビビミクさんが伝えたように思えます。

ここは本当にミクさんが「初音ミク」の概念をしゃべっているセリフだと思います。

様々なジャンルを何千曲も歌ってきた「初音ミク」の存在

これまでもプロセカのミクさんや他のボカロ(バーチャルシンガー)は要所要所で
ボカロの本質を匂わせるようなセリフを放っています。

特に個人的に印象に残っているのは、Leo/need(レオニ)本編での
巡音ルカさんの「音には正解がないのよ」だったり、

プロジェクトセカイ スクリーンショット ルカ「音には正解がないのよ」

MORE MORE JUMP!(モモジャン)の愛莉ちゃんイベントでの鏡音リンちゃんの
「アイドルって、どうしても事務所に所属しなきゃいけないの?」だったりと

プロジェクトセカイ スクリーンショット リン「絶対に事務所に入らないといけないの?」

色々とあるのですが、今回の言葉はこれの最たるものだと思います。

初音ミクは2007年に発売され、ここまでの十数年間に、
一般のユーザーがクラシック音楽もストリート音楽もたくさん歌わせてきました。

クラシックは「ボカロクラシカ」、ストリート音楽は幅広いですが例えばヒップホップなら
「ミックホップ」というタグをニコニコ動画で検索すると、たくさんの作品が見つかります。

それこそ数百曲・数千曲と歌ってきて、その裏にある作者・ボカロPたちの思いを
全部受け止めてきたのが、初音ミクという存在
にほかなりません。

ですから、音楽をフラットにとらえているこの言葉は、
とても初音ミクの象徴的なものだと感じました。

ストリート音楽を信じている人もいるし、クラシック音楽を信じてる人もいる。
その両方の人に配慮した言葉を紡ぎ出せたわけですね。

冬弥くんの父・青柳春道さんはクラシックの道を極め、ピアニストとしても作曲家としても
大成した存在であり、指導者としても冬弥くんの兄二人を育てている力量があります。

実力も信念もある人物でありますが、強すぎるそのクラシックへの信念のゆえ、
他の音楽ジャンル、またクラシックから逃げた冬弥くんに対して理解を示さないというところが
これまでありました。

ミクさんの言葉を受けたビビバスメンバー・小豆沢こはねちゃんは、
「私たちはストリートが好きだからその良さをわかってほしいと思ってるけど、
 向こうもクラシックが好きで、その素晴らしさをわかってもらいたいと思っている」と想いをめぐらせます。

(こはねちゃんと冬弥くんの父親の対比も、このストーリーで重要なキーポイントとなっています)

「クラシックの良さ」と「思想を押し付ける父親」を切り離す

そして、ビビミクさんやこはねちゃんたちの言葉を受け止めた冬弥くんは、
「自分にクラシック音楽の影響が残っていることを認め、音楽の面白さを教えてくれた父親に感謝しつつも、
 自分自身はクラシックではなく、ストリート音楽で幸せになる」
と腹を括った決意をすることになります。

プロジェクトセカイ スクリーンショット 冬弥「俺は、俺達の音楽でこそ幸せになれると信じている」

クラシックが大好きな父親に、ある程度歩み寄りの姿勢を見せつつも、
「クラシックという音楽の良さ」と「思想を押し付けてくる父親の存在」を切り離すという、
おそらくはお互いにとって現時点で最良の解決を成し遂げることになったのです。

第2話で指摘された「難しいパートでもピッチが乱れない」能力を冬弥くんが身につけているのは、
父親のスパルタ教育にも一定の成果があったことを、決して否定できるものではありません。

それを自分の中で受け入れて消化するということは、本当に大変なエネルギーが必要なことです。
なにせ当の反発してた父に感謝をしなきゃいけないので。

しかしながら、最初はただ父親から逃げていた冬弥くんは、クラシックで培ったこの技術を使って、
友人たちに出会い、そしてかけがえないストリートという音楽に出会えた。

「クラシックがとても面白く、素晴らしい音楽であること」を認めたうえで、
「自分はストリートでやっていく、この音楽で初めて自分の失いたくないものができた」
と父親に語ります。

プロジェクトセカイ スクリーンショット クラシックの面白さを語る冬弥
プロジェクトセカイ スクリーンショット 冬弥「父さんにとってクラシック音楽が何より大切なように」

そこが、今までの壁をひとつ越えたところに達したという感じで、胸が熱くなりましたね。

対立ではなく融合

世の中には、音楽に限らずなんですけど、お互いが正義だと思って対立していることはとても多いです。

私自身も、中高生の頃は、テレビのヒットチャートやせいぜいラジオから流れてくる
音楽の選択肢の中で、これが一番だって信じていた時期もあります。

大学生になってお金が自由に使えてレンタルCDを大量に借りれるようになったり、
ゲーセンの音ゲーにハマったり、ネット(その当時は2chとか)に出会ってカルチャーショックを受けたり、
あるいは自分で曲をつくってみようとすることで、世界が広がりました。
その一方で、中高生の頃に聴いていたJ-POPも自分のルーツとして相変わらず大好きです。

やっぱりこういうのって、
どうしても時間が解決するというか、人間的な経験を得ることでしかわからない部分もあります。
大人が「大人になればわかるよ」って言ってくるアレですね。

自分の信じているモノが全てという段階から、成長して少しずつ広い視野で考えられるようになり、
最終的に自分らしさが生まれてくるんじゃないかなと思います。

注意:他の家庭には安易に適用できない

ただしここで注意しておきたいのは、
ここでの親とのすれ違いの解決方法は、冬弥くんとその父親だから成立したものであり、
これがそのままゲーム内の他の家庭や現実世界でも成立するかというと、それは違う
ということは
申し上げておきます。

従って、冬弥くんの相棒の東雲彰人くんや、
25時、ナイトコードで。(ニーゴ)の朝比奈まふゆさんの家庭にはそのまま通じないわけです。
それは、別の解決方法をおそらく今後のイベントストーリーで提示してくると思います。

例えば冬弥くんの場合は、音楽そのものを嫌いにならなかったことが幸いしていました。
まだ「音楽が好き」という面で、父親との共通点を見出すことができたんですね。

これは6話で彰人くんが指摘した通りなのですが、
音楽から逃げてきたのに、また表現手段として音楽を選んでいるわけです。
それは本当に、青柳冬弥という人間の宿命なのかなっていう風に思います。

プロジェクトセカイ スクリーンショット 彰人「普通は音楽から離れるだろ」

当たり前ですが、こういうキャラクターの個性が出ているって言うことは
トラブルへの対応の仕方も人によって違います。
同じ言動であっても、それが解決につながることもあれば、余計にトラブルをこじらせることもあります。

『ガルパ(バンドリ)』を楽しんでいる人たちは、「この辺がCraft Eggの真骨頂」と言うらしいのですが、
なるほどよくわかるという感じです。

テーマ衣装、テーマソングの話など

今回の★4の冬弥くんには、「クラシックコーディネート」という衣装がついてきます。
私は期間中に引けませんでしたが。

これ今回のストーリーを何もまだ知らない人間が最初に読むと、
「なぜ逃げたはずのクラシックという名前のついた衣装をまとうんだろう?」という
疑問が誰しもに生じます。

ですがその疑問は、イベントを最後まで進めると解消されることになります。
「そうか、対立するわけじゃなくて、クラシックと融合したのだ」と。

今回のテーマソングである「RAD DOGS」(八王子P)も、ストリングスやピアノなど、
クラシックを彩る楽器が多く導入されたEDMとなっています。

こちらもストーリーを最後まで読み進めてみると、
「これはクラシックが融合した冬弥自身の姿でありテーマソングなんだ」
と思えるというのが、本当によく出来ていると思います。

あと、最初に出てくるヒビが入ったカップの話はいろいろな人が考察していますが、
最後にカップが鉢植えに変わったことで、
「今までの形は保ちつつも、泥臭いところで俺は生きていく」みたいなイメージが
出てるのかなっていうふうに思います。

おわりに

こういうストーリーって、下手に伝え方を間違うと単なる「若者への説教」になるんですよ。
「お前は視野が狭いんだ」と言われているようで。

ですが、これをごく自然に伝えてくるところに、
ゲームやキャラクターが持つストーリーの力というものを感じました。
正直、ちゃんとした教育コンテンツにも勝るとも劣らないモノを人生に与えてくれる存在だと思います。

その中で重要なことを教えてくれる役割に、初音ミクというキャラクターがいることが本当に嬉しいです。

Leo/needの穂波ちゃんの話とかもそうだったのですが、
どうやったら自分らしさを失わないまま、視野を広くして世界に挑めるかというのが
今の時代に求められてることかなと考えています。

それをうまくサポートと言うか、気づかせてくれる存在が
初音ミクをはじめとするバーチャル・シンガーなのではないでしょうか。
だから僕はボカロが大好きなんだと思います。

今後もボカロPとして、他の方の創作に尊敬の心を忘れない一方、
自分のやりたいことは信念を通してやっていきたいと思いました。

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著者「アンメルツP」について

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