『メカクシティレコーズ』レビュー~目でアルバムを聴く話~(2014年寄稿文のWeb再録+α) | G.C.M Records

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『メカクシティレコーズ』レビュー~目でアルバムを聴く話~(2014年寄稿文のWeb再録+α)

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はじめに

2012~2016年にかけて、ネット上や同人誌を通じて、
ネット上で聴ける楽曲(主にボカロ曲)の楽曲レビューを中心に活動していた
「DAIM」という団体があり、
私も楽曲レビューの寄稿や本の編集・入稿など様々な形でお世話になりました。

今回はそこから、「DAIM」が2014年夏に発行した同人誌『DAIM Append vol.2』の
カゲロウプロジェクト(カゲプロ)特集に、私アンメルツPが寄稿した原稿をお届けします。

じんさんのセカンドアルバム『メカクシティレコーズ』のレビュー記事となります。

2019年の記事公開に合わせて加筆修正を行ったところがありますが、
2014年の寄稿当時から5年経っても、当時の見立てや仮説はおおむね間違ってはいなかったと確信をしております。

※DAIMの記事では「だ・である」で口調を統一しており、
じんさんの呼称も「氏」をつけて呼んでいたのでここでもそうなっています。

なお、2019年時点でのより最新のカゲプロ事情を知りたい方は、こちらの記事で幅広く解説しております。

『メカクシティレコーズ』全体構成について

私アンメルツPがカゲプロに本格的な関心を持つようになったのは、2013年春のこと。

それまでカゲプロに抵抗を持っていたはずの周りの絵師が、
続々とカゲプロの二次創作に転んでいった
のを目に焼き付けた時だ。

単体曲ではちょくちょく聴いていたものの深入りはしていなかった私は、その後小説を遡って購入し、
オンリーイベントに参加し、2014年4月から放送のアニメ『メカクシティアクターズ』も完走し、
現在その世界をそれなりに楽しんでいる。

ここでは、カゲプロの何が絵師をはじめ多くの人を惹きつけたのかを、じん(自然の敵P)氏の
2ndアルバム『メカクシティレコーズ』という一枚のCDアルバムを通じて考察することにする。

じん氏がこれまでリリースしてきた単体曲を、
「カゲロウプロジェクト」として集約したところでリリースされたものが
『メカクシティデイズ』(小説1巻と同時発売)だったのに対し、
それ以降の作品、つまり最初から一連のプロジェクト楽曲であることを意識して構築されたものが、
この『メカクシティレコーズ』である。

1曲目と12曲目に声優の語りがある以外は、すべてVOCALOID「IA」歌唱である。

みんなが思っているより高速曲は少ない

このアルバムの特徴は、曲調がかなりバラエティー溢れる構成になっていることだ。

『メカクシティデイズ』では、180BPM以上のテンポが非常に高速な楽曲が13曲中9曲あるのに対し、
『メカクシティレコーズ』では13曲中6曲に減っている。

音楽ジャンルとしても、氏の得意とする、緊迫感のある高速のロックナンバー以外にも、
ミドルテンポのロック、アイドル系のポップス、バラードなど様々である。

場合によっては、他の編曲家を起用している曲もあり、
意図的に様々な曲調を用意しようとしている姿勢が目につくものとなっている。

メッセージを内包したキャラソン

各曲の主人公は、誰しもがそれぞれの弱さや孤独、矛盾を抱えている。
その中で悩み葛藤し、様々な感情を吐き出しながら、
前を向いたり、後ろを向いたり、前向きに後ろ向きな選択をしたりする姿が様々な曲調で描かれている。

初回限定盤の豪華なパッケージを手に取ってみると、
ひときわ目を奪われるのは厚みのあるブックレットだ。

『メカクシティレコーズ』初回限定版特別ジャケット
『メカクシティレコーズ』初回限定版(ブックレットつき)

ここにはキャラクター設定や楽譜、短編漫画が収録されているほか、
冒頭には各曲についてのじん氏のコメントが収録されており、
各曲に込められたメッセージはここで明確に語られている。

「少年ブレイヴ」なら“弱虫な自分と鏡合わせな相手に出会った時、人は初めて自分の弱さと戦う”
「オツキミリサイタル」なら“誰かが居てくれるというのは、時として「何でも出来る」と思える程心強い”
いった具合だ。

このように、各曲がキャラクターソングの体をとっていながら裏にメッセージが存在するのは、
動物を主人公にして教訓を語る『イソップ寓話(物語)』的なものに
似ている構造
なのではないかと、個人的に考えている。

ここの詳しい話は、拙著『ボカロビギナーズ!ボカロでDTM入門』シリーズに
「物語的歌詞の書き方」として掲載している。

アルバム全体の長さは45分と少しというところで、とてもリピートしやすい。

物語全体のつながりは、CDの音源を聴くだけでは完全には見えて来ない。
しかしこの分厚いブックレットと、曲ごとに簡単な背景が用意された歌詞カードに交互に目を通しながら聴くと、
曲を聴いている間に自然と動いている映像が目に浮かんでくる。

あたかも45分もののドラマやアニメを見ている気分に浸れるのだ。

小説や公式アニメ、あるいは二次創作により新しい情報や解釈を仕入れた後にCDに戻ってくると、
それらの情報と相まって脳内に描き出す映像は、また以前と違ったものとなるのが面白い。

個別曲解説 ~アルバムの起承転結を考える~

ここで個別の曲を、アルバムの流れを踏まえて見ていくことにする。

アルバム序盤(1~6曲目)

短い語りのプロローグ「サマーエンドロール」と、
「チルドレンレコード(Re Ver.)」の静かなイントロをドラムが打ち破り、物語の幕が開ける。

雑踏の中をそのまま表現したような音の洪水に飲み込まれそうな中で、
急かされるように前のめりになる。

この1~2曲目の構成には、「シャッフルしないで順番に聴いてほしい」という、
CDアルバムとしての強いメッセージを感じる。

この2曲に掴まれた後は、
ギター・ベース・ドラムがミドルテンポで複雑に絡み合う(じん氏曰く“胡散臭い曲調”)様子が、
自らに嘘をつく主人公にぴったりの「夜咄ディセイブ」
ピアノや電子音の柔らかい音が主役になった、爽やかでカラフルなロック「少年ブレイヴ」
軽快なパーカッションで胸が躍るようなワクワク感を演出した、
恋に複雑な感情を抱く少女の「夕景イエスタデイ」と一気に続いていき、
6曲目の、母の愛情を歌う穏やかなギターロック「群青レイン (Re Ver.)」で小休止となる。

アルバム中盤(7~9曲目)

さて、「群青レイン」の少しばかりざわつく幕引きに続いて現れるのは、
7曲目の「アウターサイエンス」だ。

筆者はこの曲が、アルバムの起承転結において「転」を告げる存在だと考えている。

この曲はNhato氏編曲によるハードで不穏な打ち込みサウンドが特徴で、
詞の内容も、ここまで語られた世界を上から目線で眺める存在が、
全てをぶち壊しにしていく様子が尖った言葉で描かれている。

その様子を、さらに一段外の世界から俯瞰する我々には、
この「アウターサイエンス」で、物語中の登場人物があがいたところでどうしようもないことが
情報として提示されてしまう。

そしてその衝撃を抱えたまま、残りの曲を聴いていくことになる。
(アニメ『メカクシティアクターズ』では違う未来も提示されるが、それはまた別の話)

そこからは、落ち込んだ少年を元気に励ます女の子が主人公の、
ブラスが印象的な明るいポップス「オツキミリサイタル」
譜割りが多い高速ロックならではの情報量を活かして、複数のルートが絡み合いながら
消えない記憶と後悔の念をぶちまける「ロスタイムメモリー」と続く。
結局はどうにもならないことを我々は知りながら

アルバム終盤(10~13曲目)

そして迎えるバラードナンバー「アヤノの幸福理論」
ストリングスが印象的な「マリーの架空世界」「クライングプロローグ」の流れには、
終わりに近づいていくどうしようもない切なさが感じ取れる。

最後に「サマータイムレコード」が来る。

アルバム中において唯一「未来」の時間軸を提示されているのがこの曲で、
突き抜けるような爽やかなロックでもって「全てが終わってしまった侘びしさ」を見事に表現している。

基本的に1曲単位で動画サイトに発表することの多いボカロ曲において、
ここまで侘びしさを表現できた楽曲は実は意外に珍しいのではないだろうか。

(卒業ソングは決して「君の顔が思い出せない」とは歌わない。
また「初音ミクの消失」や舞台『THE END』はあれど、合成音声を楽しむ文化自体が
当分の間なくなることがなさそうなのはご存知の通りだ)

アルバムというパッケージで、かつ連作の物語だからこそ成立した楽曲だと思う。

このように各曲を見ていくと、カゲプロの持つ世界観やキャラクターを、
それに合った音楽ジャンルをうまく選択して個々の曲に落とし込んでいる様子がよく伺える。

またアルバム全体の流れとしても非常によくできていて、
キャラクターソング集としてとても完成度が高いのがこの
『メカクシティレコーズ』というアルバムといえよう。

ストーリー構築・普及を助ける3つの存在

カゲプロをあまり知らない人が、どちらかというと一部楽曲や一部ファンの印象を語ろうとするのに対し、
カゲプロにハマっている人は、ひたすらキャラクターを語る傾向にある。

それは楽曲がキャラクターソングとしての役割を
しっかり果たしていることの証明なのではないだろうか。

IAという「色のない歌い手」としてのVOCALOID

このキャラクターソング構築の助けになっているひとつの存在が、
「IA」というVOCALOID音源である。

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2012年初頭のIA登場時期、VOCALOIDとしての自己言及を歌わせるには、
「初音ミク」がすでに象徴的な存在になっていた。

また他のボカロも、「鏡音リン・レン」なら二人いる事実を生かした関係性や芯の強さ、
「GUMI(メグッポイド)」なら普通の女の子の感情や、人間らしい泥臭さなど、
ミクのニッチを埋めていた。

そんな中でIAは、透明なボイスと、初期にアーティスト的な考えを持つボカロPを重視した戦略ゆえの、
「Pの世界観を代弁するための色のない歌い手」という立ち位置を獲得した。

これは後発のIAだからこそできたことである。

1st PlaceがやりたかったIAの方向性と、じん氏の方向性がうまく噛み合ったのも
カゲプロの成功の要因の一つだろう。

絵による二次創作

また、絵による二次創作がしやすいのもカゲプロの強みだ。
メカクシ団アジトという同じ空間にいる、孤独な集まり。
それぞれ異質の存在であるキャラクターが出会うわけだから、関係性は色々考えられるだろう。
どちらかというと「4コママンガ劇場」を作りたい方面での創作欲である。

ボカロ曲が小説化すると、曲によっては「公式」という存在ができて二次創作が萎縮するという反応もあるが、
カゲプロの場合は、逆に商業作品が二次創作をますます加速させていく傾向にある。

ループものという設定にした(結果的にそうなった?)がゆえに、
アナザールートを模索する形でいくらでも想像をふくらませることができる。
それが二次創作を妨げない理由なのかもしれない。

歌ってみたによる二次創作

しかもこれほど強固に確立された世界観があると、
ボカロが歌おうが人が歌おうが、どちらもその世界観を伝える語り部にしかならない
という現象も起こる。

ボカロ曲は、二次創作を行う歌い手の強い個性によっては「歌い手の曲」と認識されてしまう可能性があるが、
カゲプロは誰が歌っても「カゲプロの曲」と認識されるようになり、
そこからさらに物語への関心が深まっていく。

キャラ・ストーリー好きでボカロを聴いていた層の取り込み

冒頭でも触れた通り、(この原稿を執筆した2014年当時の)筆者の周りでは、
同人創作の絵師さんなど、これまでボカロ曲をキャラ・ストーリー重視で聴いていた人ほど、
最初は拒否感を示しつつも、結果的にはカゲプロにより深く転んでいく傾向を肌で感じている。

それは、「自分が関わっている、界隈としての一連のボカロ曲」から、
「主題歌にボカロを使っているアニメ的な何か」へ、
認識の転換
における境界点(いわば「不気味の谷」)とも言うべきものを超えたからではないかと考えている。

なお一口に「キャラ好き」とは言うが、ここを細かく見ていくと
「ミクさんなど、VOCALOIDが輝くことに魅力を感じる人」(プロデューサータイプの受容層)や、
「歌詞や設定・映像・バックグラウンドなどにより、物語に描かれるキャラクターが躍動したり、
関係性が生じることに魅力を感じる人」
(脚本家タイプの受容層)など、様々な意味が含まれる。

カゲプロがより刺さる層は、どちらかというと後者 (脚本家タイプの受容層) だ。

記事「39分でわかる!ボカロPとして活動を始める方法 」で書いた「ボカロPの4分類」。
筆者は、リスナー側にもこの4分類がそれぞれ刺さるタイプがいると考えている。

この「不気味の谷」を超えるにはある程度のエネルギーが必要だが、
例えば「親しい友人がハマっていた」などの理由を取っ掛かりにして、
ひとたびそこを超えると一気にのめりこむことがあり得る。

読者の皆様も、そういう経験を昔一度はしているはずだ。

そう、「声が機械的なのでボカロを避けていた」から、
「曲の良さに気付いてボカロにハマる」への認識の転換
である。

キャラクターソングは音楽的に新しくはない(むしろ既知のジャンルのほうが好都合)ゆえに、
音楽を評論する立場の人から正当に評価されたことはあまりない
ように思う。

古き良きアニメソングの時代や、00年代の深夜アニメ主題歌のヒットでも、そのような傾向があった。
ボカロですら、「キャラソンからアーティストによる音楽重視の時代へ」という文脈で語られている。

その中で、「ボカロのキャラ好き」と従来みなされていた
脚本家タイプの受容層の一部が居場所を求めて辿り着いた先が、
「カゲプロのキャラ」であり、じん氏の一連のカゲプロ楽曲だったのではないだろうか。

しかもそうやって得たファンを、カゲプロはがっちりと逃さないような構造が完成している。

そこでは、「ボカロを理解するためにボカロ曲を深堀りする努力」は、
「カゲプロを理解するためにストーリーに秘められた謎を深堀りして解き明かす努力」に
そのまま置き換わったように思える。

この構造変化がわからずに、カゲプロを印象のみで批判する作り手がいると目も当てられない気分になる。

おわりに

カゲプロはボカロ初期(2007~11年ごろ)のアマチュアを中心とした創作のシーンとは少し違うけれど、
変な例えをするのなら「天然モノよりも美味しい養殖マグロ」のようなもので、
味の美味しさはある程度保証されている。
案外、飛び込んでみると楽しい日々が過ごせるかもしれない。

そのカゲプロの基盤をなすのが、『メカクシティレコーズ』で見られる、
個別曲およびアルバム全体におけるキャラクターソングとしての完成度の高さである。

若いファンの中には、これが初めて買ったCDアルバムという人もいることだろう。
このアルバムで見られる多彩な曲調の楽曲が、
将来的に若い人を様々なジャンルの音楽に親しませるきっかけになってくれると嬉しい。

2019年・記事公開にあたっての補足

元の原稿は2014年時点の執筆で、しかもボカロ中心の楽曲レビュー誌に寄稿するということで、
主にその当時のボカロ曲のヘビーリスナーに記事を見られることを想定して
「すでにボカロをたくさん聴いていた人がカゲプロ好きに転換する」ことを書いてきたが、
カゲプロですらも一種のボカロ文化・歴史の一部(懐かしい曲)として取り込まれ、
自然に受け入れられる傾向が強まった2019年
は、また少し事情が異なるかもしれない。

すなわち、物心つく頃からYouTubeがあって、ボカロ曲があって、
その中にカゲプロの曲もあるという具合だ。

また、この5年間に、ボカロだけでなくアニソンやソーシャルゲーム、
「ヒプノシスマイク」などネット発の企画、さらにはVTuberなどの新しい流れからも、
商業・同人問わず、数々のキャラクターソングが誕生している。

しかし、2014年当時のファンがカゲプロから卒業しても
(多分そういう人は、今は別のキャラソンにハマってる人も多いのではないだろうか)、
現在も世代が入れ替わりながら、カゲプロは中高生を中心に一定の人気を保ち続けている。

それは、やはり「何らかの能力が与えられているのに、世間からは認められないし、
そもそもその能力は自分の望みですらないこともある」
というカゲプロの各キャラに与えられた世界観が、
時代は変わっても、思春期の少年少女に強烈に突き刺さるものがあるからだろう。

じん氏は、思春期の頃に聴いたTHE BACK HORNに多大な影響を受け、音楽を始めたという。

THE BACK HORNのアルバム『ヘッドフォンチルドレン』の「キズナソング」に、
「これ、俺のかわりに歌ってくれてる」と思ったとも
2013年に音楽サイト「NEXUS」(現在は閉鎖)に掲載されていた
菅波栄純氏(THE BACK HORN)との対談で語っていた。

そのような、音楽を通した思いが脈々と次の世代に受け継がれる姿に、
私は勝手に感慨深さを感じている。

参考記事

じん(自然の敵P)「チルドレンレコード」インタビュー – 音楽ナタリー 特集・インタビュー

じん(自然の敵P)「メカクシティレコーズ」インタビュー – 音楽ナタリー 特集・インタビュー

じん「メカクシティリロード」インタビュー|5年半の時を経て「カゲプロ」を再装填させた理由 – 音楽ナタリー 特集・インタビュー

前述のNEXUSの対談記事ですが、Internet Archiveにかろうじで残っていました。
個人的にこの記事はじんさん・THE BACK HORNの双方を知るために大変貴重な資料だと思っております。

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